|
|
プロフィール |
|
Author:東ヶ崎 剛
13年間勤めた会社を退職後、長野にて農業研修を10ヶ月間受け、その後独立して新規就農。今年8年目。 『ななほし農園』は無農薬、有機質肥料で米と野菜を栽培し、その作物と加工品を生産者直接販売、発送をしております。
|
|
カテゴリ |
|
|
|
検索フォーム |
|
|
|
RSSリンクの表示 |
|
|
|
|
| 2012年4月26日 |
また、また更新が遅れてしまいました。取り急ぎのお知らせとして、パソコンのメールアドレスを変更しました。新アドレス nanahoshinouen@ybb.ne.jp になります。
昨日、米の種まきがおわり、いよいよ今シーズンも本格的に始まりました。出荷休業中、知らず知らず迷いっていた気持ちが、ある講演会を聞いたことで、定まりました。エネルギー問題で詳しくは報告したいと思っております。
また、小美玉市でも食品の放射性物質の検査を開始しました。11ベクレルまでを検出出来るようになりましたので、出来る限りこまめに検査をして、皆様にご報告したいと思っております。
|

| 「原発はもう理性的には無しだと思います」 |
先日、テレビで作家の高村薫さんが「原発はもう理性的には無しだと思います、色んな問題があるけれど、企業は必ずついて来る」と話していました。私は、その言葉にすっと胸のつかえが取れる思いがしました。 ここから約30キロのところにある、東海村の第二原発は、今回の地震で自動停止し、現在停止中になっています。地震直後、予備電源3台のうち1台が水没して、機能しなくなり、なんとか2台で、原子炉の冷却をし続けていました。その東海村の村長が村民の意見を聞くことなく、東京に出向き原発事故担当大臣の細野豪志氏に「脱原発」の意向を伝えました。その後、村長は原発推進派の関係者に「なぜ村民の意見を聞かずに、勝手な行動をとったのか」と突き上げられました。東海村は70%の村民が原発関係の仕事で生計を立てているそうです。当然「脱原発」などという考えは殆どの人が受け入れられるわけがありません。それに対し村長は「これで、先ず原発について、村民に考えてもらうきっかけになればいい。東海村第二原発も今回の津波で危機的な状況にあった。一歩間違えば、今回の福島のように、村民すべてが避難民になっていた可能性が高かった。原発にしがみついていては、持続可能な将来は無いんだということに、気がついて欲しい」と話していました。 村の財政も、確か40%が原発関連からの税収だそうです。村長も見る限り若くはありません、素知らぬふりをして、今を乗り切れば原発の村として安定した生活が得られるはずなのに、なぜこうした行動にでたのか・・・理性的であるならば、こうするしか無いのだと思います。日本で初めて、原子力発電所ができた村、45年間原発と歩みを共にしてきた村の村長の行動だけに、大きな第一歩だと私は考えます。 もしかしたら自分たちが福島の避難民や現場で作業し被爆した人、或いはその家族に、そして何よりも被爆した子供達の親や祖父母になっていたかもしれないと、想像することはたやすく、将来のある子供達、その子孫のことを思えば、この狭い日本で原発はあり得ないはずです。その現実から目をそらし、そのときの自分が良ければいいと安穏とエネルギーを使い放題の日々を送ることは、もう許されないのです。 この事故で全てを失った人、自然の恵みを糧にしていた私たちのような者にとって、降り注いでしまった放射性物質はぬぐえない膜のようであり、安全の範囲内ではあっても、完全ではなく、このどうしようもない気持ちを誰かにぶつけたとしても、たとえどんなに賠償金を払ってもらったとしても、汚染する前の我が家も、大地も、海も取り戻すことができないのです。私たちの出来ることは、この犠牲を「無駄なものにだけはしない」という、強い意志を持ち、それに対し出来る限りの行動をとるこのみでしょうか。 一方、今日の最先端技術はすばらしく、明るいニュースが多く見られ、エネルギー開発の世界は日進月歩だということを感じます。電気を融通しあうスマートグリッドや、昼間太陽光発電した電気を車に充電し、これを夜間また家のなかで使うなど。企業や起業は既に将来のために動き出しています。失敗は全て自分に返ってくるのですから、いち早く理性的にならざるをえないのでしょうか。
|

| 映画「六ヶ所村ラプソディー」 |
原発事故後すぐに、ドキュメンタリー映画、鎌仲ひとみ監督「六ヶ所村ラプソディー」のDVDを友人が送ってくれました。この映画を見たとき、私は息の詰まる思いがしました。心臓はドキドキと丸一日は頭の中が混乱した状態に。映画の中では、もし事故が起こったら大変なことになる、でもまだ事故が現実には起こっていないので、警告の範囲で収まっていることが羨ましく・・・現実には、大事故が起きてしまって、その真相も情報も私たちには、大してもたらせられることもなく、半年が過ぎています。この映画を見ても、私ほどに混乱する人はどうも多くはないようで、もしかすると私が小さい子供を持たず、有機農業をしていなければ、差ほど感じなかったのかもしません。 それから、私は、エネルギーについて、原子力について、それにまつわる様々の情報を調べました。なぜ、こんなに大切なことを知らずに、また考えようともしないで、生きてきたのか。学校教育の中で、大して取り上げられてこなかったことも、原子力が国策故で、国や政治家の都合の悪いことは考えないようにさせられてきたのではと、思わざるを得ませんでした。特に、田舎に住む、農家、漁師、畜産農家などが、正しい知識と、情報を得るのは困難なことだったと思います。たとえ情報を得たとしても、それを、国や電力会社を相手に、反対運動をするのは、自分で首を絞めていくようなものです。なぜなら、日々の生活で成り立っている我々は、休めば休んだ分、収入に響いてしまうからです。そして、原発が建設されるところは、人口密度が低いところに建てられていきます。今回の地震直後、水素爆発が起きる前に総理の現地入りに同行した斑目春樹教授が映画に出てきて、こんなことを言っています。「科学技術に絶対安全、安心を求めることは無理」だと、また「皆、原発施設が建つのはいやです、でも結局は金でしょ、国民は金を積まれれば必ずどこかで手を打ちますよ」と言っていました。本当にそうでしょうか、丁寧な説明と判断するのに十分な時間が与えられても、金で折り合いをつけるでしょうか。農家が田畑から、漁師が海から自然の厳しさを突きつけられ、それでも辛抱強く受け入れて、そしてやっとありがたい恵みを受け、その生活を誇りに生きている人間がいることを、国も、科学者も知ろうともせず、もしかすると想像すらできいないのかもしれません。
|

| 「はじめに」 2011年9月4日 |
福島第一原発の事故が起きてから、やっと真剣にエネルギー問題について考えました。そんなこと自体が恥ずかしいことと思います。なぜ、もっと前に知識を得ようとしなかったか、原子力、核物質が危ないものだと、概念ではわかっているつもりでも、ちっとも真剣には考えていませんでした。そして、今私たちはそのしっぺ返しに苦しみ、目を覚まさせられました。これから、自分の子供も含め、いろいろな場面で、苦しむことになると思います。
これから、この事故と直接の犠牲者、そして我々のような自然から恵みを受け生計を立てている者の苦しみが、意味のあったこととなるように、この問題について、これから少しずつ書いてみるつもりです。
|

| 2011年9月4日 |
前回、更新してから、あっという間に4ヶ月も経ってしまいました。さほど、原発事故の影響は無いだろうと、どこかで思っていたのは誤算でした。キャンセルが相次ぎ、一時はかなり精神的にも落ち込みました。でも、就農してから8年、決して短くはない年月ここで簡単に諦める気にはなれず、考えた末に、自宅の土間で「小さい小さい八百屋」を始めました。まずは、ちょっと実験的に、知り合いのママ友から、メールで宣伝。そうしたら、皆すぐに来てくれました。そして、いろいろ意見もしてくれて、買ってくれています。本当にありがたいことと思っております。特にトマトのある時期は「おいしい」と、どんなに励みになったことか。この地で消費できれば、それこそ本当の地産地消となり願ってもないこと。その上、子供たちに、有機、無農薬の作物を食べてもらえるのは、とても嬉しいことです。すぐに、意見や感想、ニーズも聞けて、そんな中始めたのが「ぬか漬け」米ぬかも、野菜も有機無農薬、そんな漬け物、なかなか手に入らないないですよね。 これから、もっと工夫をして、営業の仕方を考えていくつもりです。まずは、そんなことで、何とか踏ん張っているところをご報告しました。
■ 放射性物質に関してのご報告 ■
放射性物質の検査は6月初旬、独自に反原発団体の「たんぽぽ舎」で大根とサニーレタスの検査をしました。結果、大根(根と葉)は全く検出されませんでした。サニーレタスは1〜3ベクレルのセシウム137が検出されました。(厚生労働省の暫定基準は野菜1グラムあたり500ベクレル以下なら摂取しても安全としています)。 稲作に関しては、8月下旬に県が検査した結果、小美玉市では、セシウム134、137共に不検出となりました。(20ベクレル以下は不検出としているそうです)。私たちの田は、9月中旬に稲刈りが始まりますので、それ以降また独自に検査できるよう手配しています。麦も同時に検査に出します。そのほか、夏野菜を検査に出すつもりでしたが、前回の結果からも「不検出の可能性が高いので、検査するのはもったいないですよ」という検査機関の担当者のご意見により、やっておりません。
|
|
|